横山弘毅のブログ Education & Marketing

教育イノベーションとマーケティングに関することを主に発信するブログです

宮城県女川町、コラボスクールを訪問

 

本日は、休日を利用して宮城県女川町へ。

NPOカタリバが運営するコラボスクール女川向学館を訪問してきました。
 
港の方へ足を向けると、ひたすら更地が続いていました。
 
上記の写真の手前にあるのは、鉄筋の建物です。
 
津波で基礎からねこそぎ横倒しになっていました。緑の部分は屋上です。
凄まじい破壊力です・・・。
 
 
コラボスクール女川向学館は、
宮城県女川町の女川第一小学校を間借りして運営しています。

 

 



 
小学校は、港からはやや離れて、少し高台のエリアにありました。
 
 
 
 


坂道をのぼって校門をくぐると校舎が。
 
手前は仮設住宅です。
 
グラウンドに仮設住宅が建てられている光景は、何とも言えない光景でした。
 
実は、女川第一小自体は、残念ながら今年の3月に閉校になってしまったそうです。
ですが、コラボスクールは、地域の塾の代わりとして、子供達が集まるコミュニティとして、活動を続けています。




 
 
 
 
訪問すると、NPOカタリバの職員、川井さんが対応してくださいました。
 
到着時はひっそりしてましたが・・・
 
校内を案内していただいているうちに、しばらくたつと小学生がたくさん来校。叫び声(?)が校内に轟いていました。
 
小学生はとにかく元気!
 
・・・なんだかホッとしました^^
 
 
それから、写真は無いですが、廊下には、今年の高校入試・大学入試の合格者の名前が貼り出されていました。
 
大学入試で慶応SFCに合格した生徒さんも!
すごい・・・!!!
 
 
ここからは、川井さんのお話を聞いて、印象に残ったこと、かんじたことを書きたいと思います。
 
 
 
震災2年目以降、メディアの取材や訪問が激減した
 
まず、印象的だったのは、
 
「震災2年目以降、メディアの取材や訪問が激減した」
 
という話。
 
東京にいると、被災地や復興に関するニュースにはほとんど触れないと思います。
テレビや新聞、メディアで見かけることもありますが、震災直後に比べると圧倒的に減りました。
 
東京にいる人間の感覚からすると、「震災が一段落した」ような感じがしてしまいます。
 
ですが、現地では、復興というにはほど遠い光景が街に広がり、仮設住宅での生活という現実が変わらず続いていました。
 
もちろん、東京の人が薄情だとか、被災地を気にかけていない、と言うことではないと思うのですが、触れる情報の量の差と、その結果生まれる温度感に圧倒的な差があるのが現実だと思います。
 
当然、その結果として、寄付や支援は大幅に減少しています。
 
女川向学館の運営費は年間約6,000万円。
 
先生の人件費、送り迎えのバスの運行委託費(これがけっこう重い)、教材や設備の充実、冬場はストーブの燃料費・・・・
 
どんな活動も資金が無ければ運営できません。
 
 
 
女川向学館が「果たしている役割」の大きさ
 
次に、印象的だったのは女川向学館が「果たしている役割」の大きさです。
 
小学生くらいのときって、学校が終わると、たいてい友達の家に集まっていたかと思います。それか、公園で野球をしたり、サッカーをしたり、というように外で遊ぶか。
 
ですが、仮設住宅の場合、友達を家に呼べません。
というか、そもそも足(自動車)がないと、友達の家までいけない状況。
 
学校の校庭は仮設住宅が建っていて、津波で流された土地は瓦礫こそ撤去されても更地のまま。野球をしたりサッカーをしたりする場所もありません。
 
 
つまり、放課後の居場所、友達とつながる「場」がない。
 
女川の小学生の2/3が、コラボスクールに通うことを希望しているそうなのですが、希望する理由は、
 
「勉強できる環境がある、教えてくれる先生がいること」
 
ももちろんですが、
 
「放課後に友達といっしょに居られる」
 
ことも大きな理由だそうです。
 
また、中学生になると、カタリバのスタッフの方が、学校や家以外の相談役になっている、という面もあるそうです。
 
思春期、親には話さないこともあったりする難しい年頃でなので、第三者で、ちょっと年上(大学生〜20代のスタッフ)のお兄さん・お姉さんの存在は、必要なものなのかもしれません。
 
 
 
生徒達は、普段は震災の話はいっさいしないそうです。
 
 
 
ただ、ある生徒が、あるときこう呟いたそうです。
 
 
その生徒は、友達に野球に誘われていたのだけれど、サッカーが好きということで断ってしまった。そして、野球に誘ってくれた友達達は、津波で亡くなってしまった。
 
 
 
「あのとき、サッカーに誘っておけばよかったかな・・・」
 
 
 
子供達は、元気そうにみえるそうです。
 
自分が訪問したときも、子供たち(特に小学生)は大騒ぎでした。
 
でも、震災の経験を整理しきれていない、そういう生徒も多い(というか大半)のです。
 
阪神大震災でも、震災後3年以上たってから、そうしたストレス症状が現れた、ということも多かったと聞きました。
 
家族を亡くした。
友人を亡くした。
家を失った。
故郷を失った。
 
その傷を癒せるのは、同じ町で前を向いて生きていく友達との関わりであり、コミュニティのなかで接する大人との関わりなのだと思います。
 
「当たり前」にある日常が、どれほど前を向く力をもたらすか、感情を整理させてくれるかは、何となく自分も分かる気がします。
 
単なる勉強する場所、という意味合いを超えて、コミュニティを再生し、その再生を担う次の世代を育てる、その意味において、コラボスクールの存在意義はとてつもなく大きい気がしました。